沖縄旅行の写真

防空壕の中で

沖縄旅行を計画中  今では沖縄は日本を代表する観光地として、とても高い人気を集めています。しかし、この場所には悲しい歴史はあることを忘れることはできません。

太平洋戦争末期の頃、沖縄は激戦地となり、兵士だけでなく多くの民間人も命を落とすことになってしまいました。そんな戦争の傷跡を残す場所も少なくありません。

戦後、時間が経つにつれて戦争の記憶はどんどん薄れています。かつては、戦争の悲惨さを訴えるために残されている場所も少なくありませんでしたが、リゾート地として開発が進むにつれて、こういった場所も減ってしまいました。

私がその日言った防空壕も、今では入ることができなくなっているそうです。ここでは、そこで起こったことをお話したいと思います。

真っ暗な防空壕の中で

 その日、私は今ではもう入ることのできなかったひめゆりの塔を含む、沖縄戦の傷跡を残しているさまざまな場所を巡るツアーに参加していました。

参加者はそれほど多くなく、リゾート地のツアーとは思えないほどに、静かなものでした。

それぞれのスポットで、沖縄戦の激しさを知り、胸が痛みました。その中でも特に記憶に残っているのが防空法です。

地面に掘られた穴の中にハシゴを伝って入って行くと、そこには想像以上に広く、真っ暗な空間が広がっていました。

大人が十分に立って歩くことのできる空間でしたので、意外と快適だ…なんて不謹慎なことを考えてしまったほどです。

しかし、解説を聞くと、そんな考えは一気に吹き飛んでしまいました。この防空壕は比較的大型のものでしたが、ここにぎっしりと人が詰まるようにして隠れていたとい言うのです。

真っ暗な穴の中で、たくさんの人がじっと息をひそめて隠れているのを想像すると、とてもいたたまれない気持ちになってしまいます。

外には戦闘機が飛び交い、爆弾が爆発する音が聞こえる中、ここでじっとする以外の選択肢はなかったのです。

そんな戦中のことに想いを馳せていると、突然周りから他のツアー参加者の気配が消えました。いつの間にか、懐中電灯の光も、私のものだけになっています。何が起こったのかわからず、不安な気持ちがせりあがってきた時に、急に周囲に気配が戻ってきました。しかし、それは明らかにさっきまでいた他のツアー参加者のものではありません。

もっと緊張した空気が漂っていて、私は声を出すこともできませんでした。すると、急に気温が高くなり、息苦しくなるのを感じました。

すぐに、私は自分が戦中の防空壕の中にいるのだ、と理解しました。懐中電灯の明かりを消すと、沢山の人の溜息、うめく声、鳴き声が聞こえてきます。私も怖く、不安な気持ちになりました。これが戦争なんだ、と強く感じました。

しばらくすると、その気配が消えて、また他のツアー客の姿がぼんやりと見えてきました。これは幻覚なんかではなく、この場所が私に戦争の現実を見せてくれたのかもしれません。

外に出ると、他のツアー客も茫然としていました。中には涙を流している人もいました。もしかすると、あの日、一緒に防空壕に入った全員が、私と同じ体験をしたのかもしれません。

それからしばらくして、あのツアーがなくなってしまったことを知りました。もう一度体験したいとは思いませんが、戦争を知らない現代人には必要なものだったのではないでしょうか?